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JOURNAL #48

仮想と現実の境界線

タイトルで何のことか分かってしまうくらいの
社会現象ですね。

はい、ポケモンGOです。

私自身、週に3日ほどは夜ランニングをしていたのですが
ポケモンGOの配信以来、
ランニングをウォーキングに切り替える日が出てきてしまったほどです。

このポケモンGOには賛否両論が出ていますね。。。

私自身、ポケモンは小学校5年生くらいの時に発売されたので
まさにポケモン世代。
あの時もおもちゃ屋さんからゲーム機がなくなってしまうくらいのブームで、
みんなゲームボーイを片手に神社や学校などで集まってゲームしていたので
私自身はそれほどあの時と変わらない印象です。

じゃあなぜこんな多くの人がハマるのか。
それは単純に私たちが大人になったからですよね。
私たち以下の年齢の子達がやるわけですから
絶対数が増えるのは当たり前なんです。

確かに教育からすれば実体験主義を唱えたくなる気持ちもわかります。

当時の私はもちろん木に登ってクワガタを捕まえたりもしていて、
その頃の体験が何かの役に立ったこともあると思いますし。

でも仮想の中に「気づき」や「ひらめき」がないとは言い切れません。
教育に悪い。そう言ってしまうのは乱暴な気がします。

だって論点がズレている。。。

「仮想」であっても「現実」であっても、
その現象から大人が子供達にどんな教養を与えてあげられるかが
もっとも重要だと思うんです。

カブトムシがエサ場で何度も何度もツノを付き合わせて
体に傷を負いながらそのエサ場の頂点を獲得するのも、

ロールプレイングゲームで強敵を倒すために
時間を費やし多くの敵と戦って経験値を積んで、ついには打ち負かすのも、

どちらも同じ教訓じゃないですか。

きっと受け入れ難く思っている中年層も
昔、学校でやっていたウルトラマンごっこで
スペシューム光線が可視化されたら
きっと興奮すると思いますよ。

なんせ時代は大きく変化しています。

この現象でもっとも重要なのは
「仮想」と「現実」の「境界線」が曖昧になってきているということです。

当然、今ポケモンGOを楽しんでいる子供達は
仮想世界に慣れ親しんだ世代として大人になっていくわけです。

そんな未来をしっかり想像していなけれんばいけませんね。

ファッションやバックはより身体へと近づき
家具や暮らしの道具は建築へと近づいていく。

だってバックはウェアに完全に取り込まれてしまうかもしれませんんし、
テーブルにはタッチディスプレイが搭載され完全に機械になってしまうわけですから。

もちろん木の質感の心地よさや、帆布の手触り、陶器の風合いが
完全に忘れ去られてしまうわけではないですから
そんな未来の中で、アナログな暮らしの道具は
より個性的な「趣向品としての価値」を高めていくんじゃないかな。

ものづくりだけでなくこうした未来にしっかり向き合うと
もちろんデザインのアウトプットも変化するでしょうね。

「仮想と現実」の融合。
「仮想」であろうと「現実」であろうと
愛情をもって現象に対応すれば、それはいい未来な気がします。

数年後にはパラリンピックの方が面白いと言われているくらい
テクノロジーは進化していますしね。

今年で31歳という年齢だからこそ感じる感想です。

上の世代へは、
この流れはもう止まらない。子供達を理解してあげて
時代の移り変わりを肌で感じながらしみじみお酒を傾けようじゃないですか。

下の世代へは、
手にしたいものは赤白のボールを投げれば捕まえられる、

そんなに甘くはない。

茂みをかき分け、足に擦り傷を負い、蜂の恐怖を乗り越えた先に
大きな獲物が待っている。

そんな私はただいま「現実」です。
ペンとカッターでひたすらに椅子のモックアップ作り。

これが終わったら仮想空間へ繰り出そう。

私自身はポケモンGOが配信されて以来、
街に人が増えて活気づいている感じがとても好きです。

夜のウォーキングで見かけた夫婦。

パジャマ姿で二人で歩きながら、

妻「あっあそこのポケストップ行こうよ」

旦那「恥ずかしいじゃん、誰かいたら」

妻「関係ないじゃん、行こ」

そういって旦那の手を引っ張り闇に消えていった。。。