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JOURNAL #9

5.NEW YORKと色々な境界線

まだ完成して間もないHigh Lineは、
地元の人間をはじめ多くの観光客で賑わっていました。

High Lineは廃線になった線路を緑化し、
遊歩道を軸に休憩スペースや売店、給水ポイントなどが整備された細長い公園のようなものです。
終着地点に、移転したばかりのホイットニー美術館があるとあって、
Hign Lineをじっくり歩いて美術館を鑑賞するというのが一つの流れになっているようです。

地上6〜7mの高さを建物の合間を縫うように走る緑化された線路跡は
街と緑の「境界線」を曖昧にした不思議な感覚でした。

NEW YORKの街を歩いていて
何となく頭の隅っこに浮かんでいた「境界線」という言葉。

この裸のおじさんをHign Lineから眺めていた時
なんとなくわかったような気がしました。(何でかわかりません)

全てに境界線を感じない。

人と人の間のプライバシーのような境界線
街と緑の境界線
地上と空中の境界線
お店の中と外の境界線
おふざけと真面目の境界線
新しいものと古いものの境界線
モノとヒトの境界線
ONとOFFの境界線

何かの答えでもなんでもないけれど
それが何か心地よく感じました。

そういえば現地の友人の妹が誘ってくれた
カメラマンの集うパーティに参加した時も、
みな紹介される人は私たちと握手を交わし

両手を合わせて
「コンニチハ、OK?ハハハ!ウケル!タノシンデッテクレ!ハハ!」
そしてハグ。

接しやすい。

境界線は物事を分かりやすくハッキリさせてくれます。
もちろんこれは日本人の素晴らしい能力でもあります。

でも全てを整理整頓してしまうと逆に息が詰まったりするものです。
心の中が「カテゴリー」という間仕切りだらけになってしまう。

全てのヒト、モノ、コトが、
水滴と水滴がプルンと混ざり合うようにつながると、
ああ生きやすい。